名古屋地方裁判所新城支部 昭和36年(わ)4号 判決 1961年5月23日
被告人 山口守 外三名
主文
被告人山口守を懲役参年に
被告人足立教治を懲役弐年及び罰金壱万円に
被告人笹田泰正を懲役壱年六月に
被告人矢ノ目正治を懲役壱年に
各処する。
被告人山口守に対し未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。
被告人足立教治、同笹田泰正に対し本裁判確定の日から四年間、被告人矢ノ目正治に対し本裁判確定の日から参年間それぞれ右各懲役刑の執行を猶予する。
被告人足立教治において右罰金を完納することができないときは金参百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人山口守、同足立教治、同笹田泰正、同矢ノ目正治は共謀の上
(一) 昭和三十五年十二月八日午後八時三十五分頃、南設楽郡鳳来町門谷字下分垂十一番地県道端土場において、丸山喜兵衛所有の杉、檜丸太四、四六一九立方米(十六石位)見積金五万七千円相当を窃取し
(二) 別紙一覧表第一記載の日時場所において、同一覧表被害者欄記載の各被害者所有の同一覧表記載の各木材を窃取し
(三) 昭和三十五年十一月二十七日南設楽郡鳳来町門谷字柿久保地内丸山喜兵衛所有の山林においてその産物である同人所有の檜、杉丸太約二、九六三立方米見積金三万二千六百八十八円を窃取し、
第二、(省略)
第三、(省略)
第四、(省略)
たものである。
(証拠)(省略)
(前科関係)(省略)
(判示第一の(一)及び(二)、(三)の各事実が森林窃盗に該当するや否やの点について)
本件の被告人らの判示第一の(一)及び(二)の各所為が森林窃盗に該当するか否やの点については森林法の目的、森林法にいわゆる森林の意義、森林窃盗の本質により定めなければならない。森林法の目的は森林計画、保安林その他森林に関する基本的事項及び森林所有者の協同組織の制度を定めて、森林資源の保続培養と森林生産力の増進とを図り、もつて国土の保全と国民経済の発展に資することにある。森林の意義については旧森林法(明治四〇年四月二三日法律第四三号)においては森林についての定義規定がなく、森林の概念を定めるにつき三説があつた。すなわち地籍説(地目説)(即ち土地台帳に地目「山林」と記されている土地が森林であるという説)、目的説(森林とは木材及び副産物の育成、利用を目的とする土地であるという説)、林叢説(現状説)(即ち現状が林叢をなしている土地が森林であるという説)とがあつた。大審院は地目説及び林叢説の両説を採つていたようである。(大審院明治四〇年一二月一九日刑事部判決、大正三年四月二二日刑事部判決、大正六年六月一一日民事部判決)新法(昭和二六年六月二六日法律第二四九号)はその第二条第一項において定義規定を新に設けた。それによれば、森林とは主として農地又は住宅地若しくはこれに準ずる土地として使用される土地及びこれらの上にある土木竹を除き、木竹が集団して生育している土地及びその土地の上にある立木竹及び木竹の集団的な生育に供される土地をいうのであつて、新法は林叢説(現状説)を採つたものなることが明らかである。
森林法第百九十七条は森林においてその産物(人工を加えたものを含む)を窃取した者は、森林窃盗とし、三年以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する旨規定し、普通の窃盗を犯した者に比しはるかに刑が軽減されているのである。その理由としては、森林の多くは往時にありては入会山類似のものであつて地元住民において自由にその産物を採取していた慣習があつた等の沿革によるものなること、森林犯罪者の多くは山間の細民であつたこと、森林という管理の形態が他の財物の管理の形態に比し窃取し易い状態に置かれていること、森林の産物の財産的価値が他の財物の財産的価値に比し比較的少いということ等によるものと考えられる。
森林窃盗罪が成立するためには普通窃盗罪の構成要素の外他人の管理する森林内において、その森林の産物(人工を加えたものを含む)を窃取することを要素とするものである。犯罪場所が森林内であるかどうかは客観的に森林法第二条第一項所定の「森林」に該当するか否かによつて定まるものであつて、先ずいわゆる土場(材木置場)についてみると単に森林内に存在する一時素材を集積するための土場の如きはその「森林」に包含されるものと解すべきも、運搬のため公道に接して一定の区劃に貯積の設備をした材木置場はその材木が生育した森林に存すると、はたまた、それ以外の森林に存するとを問わず、森林法の目的、森林法第二条第一項、並びに森林窃盗の本質に照し「森林」より除外すべきである。次に林道が森林に属することは異論のないところである。路上ではないが公道に沿つて素材を集積してある場所については一応疑問の余地がないではないが、森林窃盗なる特別法条制定の趣旨、その保護法益に鑑みるとき素材の占有管理状態並びに犯行の態様、難易等の点からして、社会通念上すでにその素材は伐採搬出されたものとみてその森林から離脱したものと解するのが相当であつて、このことはその素材が公道に接する当該森林内において生育したものと否とを問わないものというべきである。従つてその素材を窃取した場合は森林窃盗の対象にはならないものと解する。尤も国道側に積み重ねてあつた杉の素材が国道に少しかかつているがこれに接する山林内に積み重ねてあつたもの(同山林内に生育したものを伐採)を窃取した者に対し森林窃盗罪に問擬した判決例(仙台高等裁判所昭和三一年(う)第五三七号、同年一一月七日判決、高等裁判所刑事裁判特報第三巻第二四号一一八二頁)あるもその見解は当裁判所の採らざるところである。次に森林法第百九十七条にいう森林窃盗の目的物たる森林の産物は他人の管理する森林内でその森林において生育したものに限るか否かの点なるもこの場合は森林法第二条第一項の趣旨からして他人の管理する森林内でその森林における産物と解すべきである。(但し他の森林に生育したものであつても現況に照し同一森林と目すべき場合にはその森林における産物と解するを相当としよう)従つてたとえ森林内に貯積した森林の産物(人工を加えたものを含む)であつても他の森林から搬入したもの又は材木店等から買い受けたもの等は森林窃盗の目的物とはならない。大審院昭和四年(れ)第四一四号、同年五月二八日判決(刑事判例集第八巻二九二頁)は旧法当時における判例であるが、同趣旨の見解に基いたものと解せられる。前掲仙台高等裁判所の判決もこの点については同趣旨に解したものと認められる。
本件につき判示第一の(一)及び(二)、(三)の各事実認定の資料を綜合すれば、判示第一の(一)の被害場所は県道端の被害者丸山喜兵衛所有にかかる山林の一部を切り開いて平地として設置した約一アールの土場であり窃取された材木は右土場より南方五百米位先の被害者所有の鳳来町門谷字下分垂十五番地内において伐採搬出したもの、判示第一の(二)別表1、の被害場所は山浦虎太郎所有の鳳来町黄柳野字黒松九百九十四番地の二雑木林地内県道に沿い数個所に平行に集積してあつたもので、その材木は約百米離れた内藤八郎所有の同所九百九十四番地の一の山林から伐採搬出したもの、同別表2、の被害場所は鳳来町下吉田字札角六十五番地の二、夏目計一所有の県道端山林内二個所及び同地先県道の端(路上)三個所、同町黄柳野字黒松九百九十六番地の一、惣田重安所有山林道路端土場一個所及び同地先県道の端(路上)一個所計七個所で、窃取された材木は右場所より約百五十米先の被害者田中道喜所有の同所黒松九百九十七番地内において伐採搬出したもの、同別表3、の被害場所は鳳来町下吉田字上新戸地内県道の端(路上)で、窃取された材木は下吉田字北戸合五十九番地小出耕一所有の山林から伐採搬出したもので路上及び路上から高木留吉所有の採草地の斜面に立てかけてあつたもの、同別表4、の被害場所は丸山喜兵衛所有の鳳来町門谷字柿久保五番地内県道近くの林道附近で、窃取された材木は右場所から約二百米離れた同人所有の大曲七番地の山林を被害者において買受け伐採搬出したもの、同別表5、の被害場所は天竜市熊小字通称大日陰八百六十四番の一地先県道の端(路上)で、窃取された材木は道路の反対側大日陰八百六十四番地の二から伐採搬出したもの、同別表6、の被害場所は天竜市神沢通称乞食の寝家四百二十一番地先道路の端(路上)で、窃取された材木は約二百米離れた太田隆滋所有の同市神沢字南畑四百三番地の四の山林から伐採搬出したもの、同別表7、の被害場所は天竜市大栗安神沢字西山六百二十一番地の四附近道路の端(路上)で、窃取された材木はその東方約千二百米乃至千五百米の被害者所有の同市大栗安字中田地内より伐採搬出したもの、同別表8、の被害場所は南設楽郡鳳来町竹の輪山口地内吉川峠県道奥山街道路上で、窃取された材木は約千五百米乃至二千米位離れた新城市吉川字根引二十九番地日吉神社所有の山林を被害者において買受け伐採搬出したものなることの各事実が認められ以上は刑法上の窃盗罪に問擬すべきものと解する。判示第一の(三)の被害場所及び伐採地は鳳来町門谷字柿久保地内被害者丸山喜兵衛所有の山林内で窃取した材木はその山林内に県道に沿い、東西約七百米に亘り県道より二米乃至十米離れた個所に散在していたものなること、並に一部の被害場所は同町門谷字柿久保七番地の一、西門谷部落共有林県道端で、窃取された材木は右被害者所有の同町富保字笠川一番地の二十六地内の山林から伐採搬出したものなることが認められるも以上は包括して森林窃盗に問擬するを相当とする。
(法令の適用)
被告人らの判示第一の(一)、(二)の各所為はいずれも刑法第二百三十五条、第六十条に、被告人らの判示第一の(三)の所為は森林法第百九十七条、罰金等臨時措置法第二条、刑法第六十条に、被告人山口守、同足立教治の判示第二の各所為はいずれも同法第二百三十五条、第六十条に、被告人山口守の判示第三の各所為はいずれも同法第二百三十五条に、被告人足立教治の判示第四の(一)、(三)、(四)、(五)の各所為はいずれも同法第二百五十六条第二項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、同(二)、(六)の各所為はいずれも刑法第二百五十六条第一項、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当する(編注以下略)ので、被告人らの判示第一の(三)の罪についてはそれぞれ所定刑中懲役刑を選択し、被告人山口守には前掲の前科があるので同法第五十六条、第五十七条により各累犯加重をなし、以上被告人らの各所為は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条、第十条により各被告人に対し(被告人足立教治に対しては懲役刑につき)犯情の最も重いと認める判示第一の(一)の罪の刑に法定の加重(被告人山口守に対しては刑法第十四条の制限に従い加重)をなした各刑期範囲内で、また被告人足立教治に対する罰金刑については同法第四十八条により罰金の合算額以下において、被告人山口守を懲役参年に、被告人足立教治を懲役弐年及び罰金壱万円に、被告人笹田泰正を懲役壱年六月に、被告人矢ノ目正治を懲役壱年に各処し、被告人山口守に対し同法第二十一条を適用し未決勾留日数中百日を右本刑に算入するものとし、被告人足立教治、同笹田泰正、同矢ノ目正治に対し情状により同法第二十五条第一項を適用し、被告人足立教治、同笹田泰正に対し本裁判確定の日から四年間、被告人矢ノ目正治に対し本裁判確定の日から参年間それぞれ右各懲役刑の執行を猶予するものとし、被告人足立教治において右罰金を完納することができないときは同法第十八条により金参百円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置するものとする。被告人山口守に対し刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により訴訟費用を負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判官 成智寿朗)
(別紙 一覧表第一、二、三)(略)